中世ヨーロッパ諸国による他国の侵略手法について【中世】【帝国】

中世

ないてん(@naiten7110)です。

中世ヨーロッパ諸国はどのような手法を用いて他帝国を征服したのでしょうか。
今回はスペインのエルナン・コルテスによるアステカ帝国征服を紹介しようと思います。

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1519年7月。現在のメキシコ中央部にて栄えているアステカ帝国の地に、エルナン・コルテスが数百人の同胞と共に上陸しました。コルテスは早速「我々は偉大なるスペイン王からの平和の使者であり、あなたがたの支配者と会見させて欲しい」と求めました。(しかしこれは嘘であり、コルテスは私設の遠征隊と上陸しており、スペイン王の耳にはコルテスのことやアステカ帝国のことは一切入っていませんでした)

首尾よくアステカ帝国の支配者であるモンテスマ2世との会見にこぎつけたコルテスは会見の最中に、木製のこん棒や石の刃を持ったモンテスマの護衛を、鋼で武装した部下に切り殺させました。そしてモンテスマ2世を捕虜にとりました。

ここでコルテスは、表向きは皇帝は何ら変わりなく自由の身で君臨しており、コルテス達は客人に過ぎないように見せかけ、その間にモンテスマとその従者を尋問し、通訳に現地の様々な言語覚えさせました。そして小規模の探検隊を複数組織して、あらゆる方面に送り出し、アステカ帝国やその支配下にある多種多様な部族や民族、都市について詳しく調査しました。

しかし欺き続けるのも限界を迎え、アステカのエリート層によって新しい皇帝を擁立させられ、コルテスは首都から追い出されてしまいます。ですがその時には既に帝国の体制に亀裂が生じており、コルテスは入手していた知識を利用して亀裂を広げ、帝国を内側から引き裂きました。これはつまり、アステカ帝国に支配されていた諸民族を味方につけ、アステカ帝国のエリート層と敵対させたのでした。

アステカ帝国に反旗を翻した諸民族はコルテスに何万もの軍を提供し、その支援を受けてコルテスはアステカ帝国の首都を陥落させることに成功しました。

そしてコルテスに力を貸した諸民族に待っていたのは、アステカ帝国からの自由ではなくスペイン人による植民地化という支配者の交代でした。

また同時期に新たなスペイン人の兵士や入植者がメキシコに到着し、スペイン人による植民地化は万全なものになっていきました。

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これをシナリオのタネとして応用するなら、国に限らず何らかの組織の乗っ取り手順のテンプレに利用できる気がします。

テンプレとするなら、①対象とする組織のトップにどうにかして接触する、②組織のトップを無力化する、③組織の情報(人事やノウハウ等)をすっぱ抜く、でしょうか。ここから先は、④対抗する組織を立ち上げ乗っ取り対象の組織から重要人物を引き抜く、⑤乗っ取り対象の組織を潰す。それか、④´乗っ取り対象の組織の幹部を入れ替える、でしょうか。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
みなさんのシナリオのタネ探しの一助になりましたら幸いです。

それではまたお会いしましょう、ご機嫌よう。

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