「時間」に始まりと終わるはあるのか①【時間】【エントロピー】

時間

ないてんです。

時間はいつから始まったのでしょうか。
宇宙が誕生した時?
それともそれ以前から存在した?
始まりがあるとしたら終わりはあるのか?
そもそも時間とはいったい何なのか?

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ここで「ミルクを垂らした状態のコーヒー」と「ミルクをかきまぜたコーヒー」を考えてみましょう。
この2つの状態を見た時にどちらが過去か?と尋ねられれば「ミルクを垂らした状態のコーヒー」と答えるのではないでしょうか。
なぜかと言いますと、誰もが「ミルクをかきまぜたコーヒー」は「ミルクを垂らした状態のコーヒー」に戻ることはないと知っているからになります。
つまり元に戻らない状態 = 不可逆的過程があるので、我々は過去から未来へは一方通行に流れていると感じていると考えられます。
そしてこの時間が一方通行に流れている様を「時間の矢」と呼ぶそうです。

この「時間の矢」に対してどのような物理法則が存在するのかについて挑んだのが19世紀の物理学者のルートヴィッヒ・ボルツマンになります。
ボルツマンが生きた時代はまだ原子や分子の存在が証明されていませんでしたが、ボルツマンは不可逆的な変化が存在するのは原子や分子が関わっていると考えたそうです。
ここで前述のコーヒーの例をもう一度出します。
「ミルクを垂らした状態のコーヒー」と「ミルクをかきまぜたコーヒー」は物理的にどのような違いがあるのでしょうか。この2つの間でミルクやコーヒーの粒子の量は変わりません。違う点はミルクの粒子の散らばり具合になります。
ボルツマンはこの粒子の散らばり具合を数値的に表すことができないかを考え、「エントロピー」という数値で表すことを提案しました。
ボルツマンの定義によれば、粒子の配置が整っていれば「エントロピーは低い」、粒子の配置が散らばっていれば「エントロピーは高い」と計算されます。
そしてボルツマンは、このエントロピーが、時間の矢の原因ではないかと考えました。

ここで次のような実験について考えてみましょう。
テーブルの上にオセロの駒10枚を全て黒の面置いたとします。このテーブルを叩き、駒をひっくり返します。何回か叩いていくうちに、10枚の駒の白黒の数は徐々に等しくなっていくかと思います。
次は逆にオセロの駒を白黒が5枚ずつの状態で上記の実験をしてみるとしましょう。この時、多少のバラつきは発生するかと思いますが、おおよそ5枚ずつの状態を維持するかと思います。
これを整理しますと、“10枚すべてが黒”から“白黒5枚ずつ”への変化は発生するが、その逆は発生しにくいと言えます。
上記をエントロピーで考えてみますと“10枚すべてが黒”は秩序だった状態といえエントロピーは低い、“白黒5枚ずつ”は乱雑な状態といえエントロピーは高いと言えます。
この実験からは、秩序だった状態(低エントロピー)は時間と共に乱雑な状態(高エントロピー)に落ち着いていく、ことが分かります。
このようにエントロピーが時間と共に増えていくことを「エントロピー増大の法則」と言います。
上記例ではオセロの駒を10枚にしていますが、これを100枚1000枚と増やしていけば、偶然全てが白になる、あるいは黒になるということが発生しにくくなると容易に想像がつきます。
そして膨大な数の原子や分子がかかわる過程はほぼ確実に不可逆的なものになると考えられるので、その結果として時間の矢があらわれるとボルツマンは考えたそうです。

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今回はここで切りたいと思います。
続きは次回で。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
みなさんのシナリオのタネ探しの一助になりましたら幸いです。

それではまたお会いしましょう、ご機嫌よう。

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